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60代で登山を始めたい、あるいは何年かぶりに再開したい。そう考えたときに最初に出てくる不安は、たいてい「この年齢から始めて大丈夫なのか」という漠然としたものです。ところが、この問いには一般的な答えがありません。同じ65歳でも、週に何度か歩いている人と、通勤がなくなってから座っている時間が長い人とでは、登り切れる山がまったく違うからです。年齢は一人ひとりの体力の代理指標にはなりません。
そこでこの記事では、「60代だからこの山」という決め方をやめて、体力の落ち方に合わせて、距離・累積標高・休憩点・エスケープルートという同じ物差しで山を比べるという組み立てにしています。山の選び方を数字に落としてしまえば、体力が上がった月には一段上の山を、落ちたと感じた月には一段下の山を選ぶ、という調整ができます。年齢で線を引くより、この物差しのほうがずっと長く使えます。
あわせて、装備で減らせる負担の話も具体的に扱います。背負う重さ、着地の衝撃、下りで膝にかかる力は、道具の選び方でかなりの部分を軽くできる領域です。逆に、持病や服薬中の体調管理のように、記事側で判断してはいけない領域もあります。その線引きも本文の中ではっきりさせておきます。
- 60代からの山選びを「距離・累積標高・休憩点・エスケープルート」の4つの数字で比較する方法
- 警察庁の令和7年・令和6年の山岳遭難統計が実際に示していること(と、示していないこと)
- 厚生労働省の運動ガイド2023高齢者版が挙げている、登山前の体力づくりの具体的な目安
- ザック・靴・ポール・サポーターで減らせる負担の内訳と、医療判断に踏み込まない線引き
60代からの登山、まず何を決めればいいか(結論の地図)
登山を始めるときに決めることは、実はそれほど多くありません。ただ、決める順番を間違えると、あとから全部やり直しになります。多くの人がやってしまうのは、先に道具をそろえてから山を決める、という順番です。この順番だと、選んだ道具が最初に登る山に合っていないことがよくあります。
順番としては、まず「どのくらいの行程なら歩き通せそうか」を仮置きし、その行程に合う山を探し、最後にその山に必要な装備をそろえる、という流れが破綻しにくくなります。行程が決まっていれば、ザックの容量も、靴の硬さも、水の量も、そこから逆算できるからです。
編集部が推す決定順:①歩ける行程の仮置き(歩行時間と累積標高) → ②その行程に収まる山とコースを探す → ③下山できなくなったときの逃げ道を確認 → ④行程に合わせて装備をそろえる。この順番なら、体力が変わったときに①だけ差し替えれば残りが自動的に決まります。
①の「仮置き」は精密である必要がありません。むしろ最初は低めに置くほうが安全です。普段の生活で1時間続けて歩いても息が上がらないなら、山では登り2時間・下り1時間半程度、累積標高で400m前後のコースが最初の試金石になります。ここで余裕があったのか、下山後に脚が動かなかったのかで、次に選ぶ山が変わります。
編集部の見立て:最初の1〜2回は「登頂を目的にしない」ほうがうまくいきます。目的を「自分の現在地を測ること」に置いておけば、途中で引き返しても失敗になりません。引き返す練習を先にしておくと、後々の判断が驚くほど楽になります。
③のエスケープルートは、初回から必ず見ておいてほしい項目です。警察庁「令和6年における山岳遭難の概況等」は、登山計画にあたって「滑落等の危険箇所、トラブル時に途中下山できるエスケープルートを事前に把握すること」を求めています。これは年齢に関係なく全員に向けた記述ですが、行程の途中で体力が尽きる可能性を織り込んでおくという意味では、体力の落ち方が気になる人ほど効いてきます。
この記事は全体として、①から④を順にたどる構成になっています。統計が何を示しているかを確認したうえで山選びの物差しを作り、体力づくりと装備の話に進み、最後に計画書・保険・当日のチェックまで戻ってきます。急ぐ場合は、山選びの章と装備の章だけ読んでも成立するように書いています。
本記事で扱う統計の数字は、警察庁が公表している令和7年・令和6年の山岳遭難資料に基づき、2026年8月20日時点で確認したものです。数値は年ごとに更新されるため、引用する際は最新版をご確認ください。
体力の落ち方は人それぞれ ― 遭難統計が示す年代別の傾向
「高齢になるほど山は危ない」という言い方は、あちこちで目にします。ただ、その根拠として引かれる統計を実際に読むと、言えることと言えないことがかなりはっきり分かれます。まず、公表されている数字そのものを見ておきます。
警察庁「令和7年における山岳遭難の概況等」によると、令和7年(2025年)の山岳遭難発生件数は3,122件、遭難者数は3,623人でした。このうち死者・行方不明者数は332人(9.2%、内訳は死者299人・8.3%、行方不明33人・0.9%)、負傷者は1,480人(40.9%)、無事救助された人は1,811人(50.0%)です。遭難者のうち半数はけがなく救助されている一方で、4割が負傷しているという構成になります。
編集部の見立て:この統計でまず目を引くのは、死者・行方不明が9.2%である一方、負傷が40.9%を占めている点です。山で起きていることの多くは「命を落とす事故」ではなく「歩けなくなる事故」だと読めます。だからこそ、この記事では下りの衝撃や膝への負担といった、地味に見える部分を厚く扱っています。
次に年代別の内訳です。以下は警察庁資料の区分をそのまま並べたものです。区分の切り方は資料によって異なるため、勝手に丸めずに原典どおりに載せています。
| 年代区分 | 遭難者数 | 構成比 | 死者・行方不明 | 構成比 |
|---|---|---|---|---|
| 20歳未満 | 164人 | 4.5% | 2人 | 0.6% |
| 20歳代 | 429人 | 11.8% | 13人 | 3.9% |
| 30歳代 | 283人 | 7.8% | 13人 | 3.9% |
| 40歳代 | 388人 | 10.7% | 31人 | 9.3% |
| 50歳代 | 628人 | 17.3% | 52人 | 15.7% |
| 60歳代 | 693人 | 19.1% | 64人 | 19.3% |
| 70歳代 | 749人 | 20.7% | 102人 | 30.7% |
| 80歳代 | 271人 | 7.5% | 49人 | 14.8% |
| 90歳以上 | 10人 | 0.3% | 6人 | 1.8% |
| 不明 | 8人 | 0.2% | ― | ― |
遭難者数がもっとも多いのは70歳代の749人(20.7%)、次いで60歳代の693人(19.1%)です。死者・行方不明者332人の内訳では、70歳代が102人(30.7%)で単独の年代区分としては最多になります。60歳代は64人(19.3%)で、遭難者の構成比とほぼ同じ水準です。
なお、「60歳以上」「40歳以上」といったまとめ方をする場合は注意が必要です。令和7年資料の年代別数値を編集部で合算すると、60歳以上は693+749+271+10で1,723人(47.6%)、40歳以上は388+628+693+749+271+10で2,739人(75.6%)となります。これは編集部が合算した値であり、警察庁の原文がこの合算値を直接記載しているわけではありません。
ここからが、この記事でもっとも慎重に扱いたい部分です。上の数字は「遭難した人の中で各年代が占める割合」を示しているだけで、「その年代の登山者が遭難する確率」ではありません。年代別の遭難率を出すには、その年代に何人の登山者がいるか(母数)が必要ですが、今回の調査範囲では年代別の登山人口を示す公的データを確認できませんでした。したがって本記事では「高齢の登山者は遭難しやすい」という一般化はしません。60代・70代の登山者数自体が多い可能性を排除できないためです。
編集部の見立て:構成比の高さを「危険度の高さ」と読み替えるのは、統計の使い方としては飛躍です。ただし、遭難したときに死者・行方不明に至る割合が70歳代で相対的に高く出ている点は、母数の問題とは別に、行程中のトラブルが回復しにくくなる可能性を示唆します。断定はできませんが、余裕を持った計画を勧める根拠としては十分だと考えています。
前年との比較も見ておきます。警察庁「令和6年における山岳遭難の概況等」によると、令和6年(2024年)の山岳遭難発生件数は2,946件、遭難者数3,357人、死者・行方不明者300人、負傷者1,390人、無事救助者1,667人でした。この資料では年齢区分の切り方が異なり、40歳以上が2,678人(79.8%)、60歳以上が1,677人(50.0%)と累積で示されています。令和7年と令和6年で区分が違うため、同じ土俵での年代別比較はできません。
一方、令和6年資料では態様別の内訳が示されており、道迷いが30.4%、転倒が20.0%、滑落が17.2%でした。道迷いが最多という構図は、体力の問題とは別の軸です。地図読みとルート確認の重要性は、体力段階に関係なく効いてくる部分だといえます。
スポーツ庁が掲載している国立登山研修所の分析(2021〜2023年の全国・長野県データ)では、遭難の原因として「病気・疲労」が60歳以上を中心に増加しているという傾向が整理されています。こちらは単年の実数ではなく複数年の傾向として指摘されているもので、本記事では警察庁の実数を主軸に、この分析は背景説明として一段弱く扱っています。
まとめると、統計から言えるのは「遭難者・死者の中で60代以降が占める割合は大きい」「歩けなくなる事故が全体の4割を占める」「道迷いが最大の態様である」という3点です。逆に言えないのは「年齢が上がると遭難しやすくなる」という因果です。この線引きを保ったまま、次の章では実際に山を選ぶ基準に進みます。
山を選ぶ基準:距離・累積標高・休憩点・エスケープルートで比べる
山を選ぶとき、多くの人は標高で比べます。しかし標高は、その山に登るときの負担をほとんど表していません。標高1,000mの山でも、登山口が標高900mなら登るのは100mです。負担を表すのは、歩く距離と、実際に登り下りする高さの合計、つまり累積標高です。
ここでは、体力の段階に合わせて山を比べるための4つの数字を提案します。この4つを並べておけば、初めて聞く山名でも「自分の今の段階に合うかどうか」がその場で判断できます。
| 物差し | 何を表すか | どこで調べるか | 段階を上げる幅 | これが足りないと |
|---|---|---|---|---|
| 歩行距離 | 足裏と関節に累積する回数 | 登山地図アプリ・地形図 | 1〜2kmずつ | 終盤に足裏が痛む |
| 累積標高 | 登り下りの総量。負担の本体 | 地図アプリの断面図 | 100〜150mずつ | 下りで膝が笑う |
| 休憩点 | 腰を下ろせる場所の間隔 | 地図の東屋・広場・山小屋記号 | 間隔を詰める方向に | 立ったまま休み回復しない |
| エスケープルート | 途中でやめられるか | 分岐とバス停・林道の位置 | 本数の多い側から | 引き返す判断が遅れる |
この4つのうち、意識されにくいのが休憩点とエスケープルートです。距離と累積標高は数字が公開されていることが多いので比較しやすいのですが、「どこで座って休めるか」は地図を開かないと分かりません。体力の落ち方が気になる段階では、この間隔が行程全体の成否を決めることがあります。
編集部の見立て:休憩は「疲れたら取る」ものではなく「疲れる前に取る」ものです。座って休める場所が1時間おきにあるコースと、2時間半座れないコースでは、同じ距離・同じ累積標高でも別物になります。地図で東屋や広場の記号を先に拾っておくと、行程の組み方が変わります。
段階の考え方も具体化しておきます。以下は、体力の段階に応じた行程の目安を編集部で整理したものです。医学的な区分ではなく、行程を組むための作業上の目安として使ってください。
| 段階 | 普段の状態の目安 | 歩行時間 | 累積標高 | 選び方の要点 |
|---|---|---|---|---|
| 第1段階 | 平地を30分続けて歩ける | 往復2〜3時間 | 200〜400m | 山頂まで舗装・階段が多い山でよい |
| 第2段階 | 平地を1時間続けて歩ける | 往復3〜4時間 | 400〜600m | 下りの所要時間を長めに見積もる |
| 第3段階 | 坂道を含めて1時間半歩ける | 往復4〜5時間 | 600〜800m | エスケープルートが複数ある山に限る |
| 第4段階 | 第3段階を月2回、余裕を持って | 往復5〜6時間 | 800〜1,000m | 行動食と水の量を先に決めてから行く |
この表で大事なのは、段階を飛ばさないことです。第2段階から第4段階へ一気に上げると、累積標高が倍近くになります。累積標高の増分は下りの衝撃の増分でもあるので、登れたとしても翌日以降に響きます。上げるときは1段ずつ、しかも同じ段階を2回こなしてから、というのが安全側の運用です。
逆方向の調整も忘れないでください。しばらく山から離れていた、体調が戻りきっていない、暑さが厳しい――こうしたときは、迷わず1段階下げます。段階は上げるためだけの仕組みではなく、下げるためにも使うものです。前回登れた山だから今回も登れる、という前提は成り立ちません。
コースを比べる具体的な手順としては、初心者の山選びの考え方で挙げている条件の絞り方が土台になります。そのうえで、自治体が公開している山のグレーディング表を使うと、体力度と技術的難易度が別々の軸で示されるため、上の4つの物差しと突き合わせやすくなります。行程の時間配分についてはコースタイムの読み方で扱っている、下りの見積もりの取り方を先に押さえておくと安心です。
編集部の見立て:60代からの山選びでいちばん効くのは、実は「下りの時間を長く見積もる」という一点だと考えています。登りは息が上がれば自然に足が止まりますが、下りは止まらないまま脚に負担が溜まります。コースタイムどおりに下りようとしないだけで、行程の安全度は目に見えて変わります。
もう一つ、山を選ぶときに確認しておきたいのが現地の状況です。登山道は災害や工事で通行止めになることがあり、数年単位で閉じたままの区間もあります。山名とコースを決めたら、その山の管理者や地元自治体の公式ページで、通行の可否と登山口へのアクセスを直前に確認してください。ガイドブックや個人の記録は、更新されていないことがあります。


登山前の体力づくり:厚生労働省の運動ガイドに沿った目安
山の選び方が決まったら、次はその山に合わせて日常の運動を組みます。ここでは、公的な目安として厚生労働省「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」の高齢者版を参照します。登山専用の指針ではありませんが、量の目安が数字で示されているため、自分の現在地を測る基準として使えます。
同ガイドの高齢者版は、3メッツ以上の身体活動を週15メッツ・時以上(目安として歩行等を1日40分以上、約6,000歩以上)行うことを示しています。あわせて、筋力・バランス・柔軟性などの多要素な運動を週3日以上、筋力トレーニングを週2〜3日行うことを目安として挙げています。体力の高い高齢者向けには、成人と同等の週23メッツ・時以上(目安として毎日60分、約8,000歩)としています。
ガイドの目安を1週間に置き直すと:歩行など3メッツ以上の活動を1日40分・約6,000歩(体力に余裕があれば毎日60分・約8,000歩)+多要素な運動を週3日以上+筋力トレーニングを週2〜3日。登山のための特別なメニューではなく、健康づくりの目安としてこの水準が示されています。
編集部の見立て:この数字を見て「毎日6,000歩なんて無理だ」と感じたなら、それは山に行く前に分かったほうがよい情報です。逆に、すでにこの水準を満たしているなら、体力づくりよりも下りの技術や装備に時間を使うほうが効率的です。ガイドの目安は、どこに手をかけるかを決めるための物差しとして使えます。
同ガイドは、週15メッツ・時以上の身体活動を行う高齢者は、ほとんど活動しない高齢者と比べて総死亡・心血管疾患死亡のリスクが約30%低いと紹介しています。これはガイドが紹介している研究の値であり、登山の安全性を保証するものではありません。ただ、日常の活動量を確保しておくこと自体に意味がある、という方向を示す材料にはなります。
登山の準備という観点では、この目安に加えて「登りと下りの動きを含む活動」を混ぜておくと効果が実感しやすくなります。平地の歩行だけでは、下りで使う脚の使い方が練習になりにくいためです。近所に坂道や階段のある公園があれば、そこを行程に組み込むだけで内容が変わります。
- 3メッツ以上の活動(速歩など)を1日40分・約6,000歩以上、確保できているか
- 筋力・バランス・柔軟性を含む多要素な運動を、週3日以上入れられているか
- 筋力トレーニングを週2〜3日、無理のない範囲で続けられているか
- 平地だけでなく、上り下りのある道を週に1回は歩いているか
- 連続で歩ける時間が、次に行く山の片道分を上回っているか
※上のチェックリストは、厚生労働省の運動ガイド2023高齢者版が示す目安を、登山の準備という観点で編集部が並べ直したものです。ガイド本文がこの順序・この項目立てで示しているわけではありません。
具体的なメニューの組み方や、登山に直結する部位の鍛え方については、登山のためのトレーニングで扱っています。週にどれだけ時間が取れるかによって優先順位が変わるので、時間が限られる場合は下りで使う筋力とバランスから手をつけるのが現実的です。
運動量を増やす前に確認してほしいことがあります。持病がある方、薬を服用している方、これまで運動習慣がなかった方は、運動の種類や強度について事前にかかりつけ医に相談してください。どこまで運動してよいかの判断は、個々の状態を把握している医師にしかできません。本記事は公的ガイドが示す一般的な目安を紹介するもので、個別の運動可否を判断するものではありません。
装備で減らせる負担①:ザックの重さを削る
ここからは装備の話に移ります。装備は、体力そのものを増やさなくても行程の負担を減らせる、数少ない領域です。順番としては、背負う重さ、着地の衝撃、膝への負担の3つに分けて考えると整理しやすくなります。
まず重さです。背負う重さは、登りでは心肺への負担に、下りでは膝と足首への衝撃に、それぞれ乗算的に効いてきます。同じ行程でも、ザックが軽ければ実質的に一段やさしい山になる、と考えて差し支えありません。
編集部の見立て:重さを減らす作業は、道具を買い替えるより先に「持ち物を減らす」ほうが効果が出ます。日帰りで使わなかったものを次から抜いていくだけで、数回のうちにかなり削れます。そのうえで、それでも重い場合にザック本体の重さを見る、という順番がおすすめです。
容量の目安については、神奈川県「かながわシニアスポーツハンドブック」Web版が参考になります。同ハンドブックは対象を60歳以上とし、登山について日帰りザックは約30L、水は約1Lを用意することを挙げています。日帰り行程の標準的な想定として、この水準を出発点にするとよいでしょう。
一方で、容量が大きいほど良いわけではありません。容量に余裕があると、その分だけ物を詰めてしまうためです。行程が短く、季節が安定していて、装備の総量が把握できている場合には、20L前後の容量に絞ることで「これ以上は入らない」という物理的な上限を作れます。上限があると、持ち物の取捨選択が先に進みます。
| 容量帯 | 向く行程 | 利点 | 注意点 |
|---|---|---|---|
| 20L前後 | 短めの日帰り・低山 | 持ち物の上限が決まり総重量が増えにくい | 防寒具がかさばる季節は入り切らない |
| 30L前後 | 一般的な日帰り全般 | 雨具・防寒・水1Lを無理なく収められる | 余白に物を足しがち |
| 30L超 | 小屋泊など宿泊を伴う行程 | 宿泊装備が入る | 日帰りには過大で重量増につながる |
ザック本体を選ぶときは、容量と同じくらい「腰で背負えるか」を確認してください。肩だけで背負うと、重さが首と肩に集中し、後半で姿勢が崩れます。ヒップベルトを締めたときに骨盤の上に荷重が乗る感覚があるかどうかを、店頭で荷物を入れた状態で確かめるのが確実です。
日帰り向けの軽量な一本として、グレゴリーの「ナノ20」を挙げておきます。名前のとおり20Lの容量帯で、日帰りの低山や、行程を短めに組む段階の山に収まる大きさです。軽量シリーズの製品なので、ザック本体の重さが総重量を押し上げにくく、背負う重さの出発点を低く保てるのが利点になります。容量に上限があるぶん、荷物を絞る習慣がつきやすいのも、体への負担を減らしたい方には向いています。
20L前後を選ぶ場合は、雨具・防寒具・水1L・行動食・救急用品を入れた状態で、まだ余裕があるかを確認してください。季節や行程によっては30L前後のほうが無理がないこともあります。容量は「正解が1つ」ではなく、行程と季節で使い分けるものです。
装備で減らせる負担②:靴とトレッキングポールで着地の衝撃を分散する
重さの次は、着地の衝撃です。下りでは、一歩ごとに体重と荷物の重さが脚にかかります。この衝撃を受け止めるのが、靴のソールと、脚の筋力と、ポールの3つです。筋力を増やすには時間がかかりますが、靴とポールは今日から変えられます。
靴については、まず「かかとが動かないこと」を優先してください。かかとが上下に動く靴は、下りで足が前に滑り、つま先が当たります。爪のトラブルの多くはここから始まります。次に、ソールの硬さです。硬いソールは岩や木の根の突き上げを緩和しますが、そのぶん足首の自由度が下がります。歩く道が土と階段中心なら、極端に硬いものを選ぶ必要はありません。
編集部の見立て:靴は「山用かどうか」より「自分の足に合うかどうか」が先です。同じサイズ表記でも幅と甲の高さはメーカーごとに違います。試し履きの際は、必ず登山用の靴下を持参して、下り坂を模した傾斜台でつま先が当たらないかまで確認してください。
ポールは、下りの負担を減らす道具としては費用対効果が高い部類に入ります。前に突いた分だけ腕が体重の一部を受け持つため、脚への衝撃が分散されます。加えて、バランスを崩したときの支点が増えるので、転倒の起点になりやすい踏み外しにも効きます。令和6年の警察庁資料では態様別で転倒が20.0%、滑落が17.2%を占めており、足元の安定を確保する意味は小さくありません。
ポールは万能ではありません。両手がふさがるため、鎖場や急な岩場では逆に危険になります。そうした区間ではポールを短くしてザックに固定し、手を空けてください。また、突く位置が体から遠すぎると、かえってバランスを崩します。体の斜め前に軽く置く程度から始めるのが安全です。
ポールを選ぶときに見るのは、長さの調整幅と、素材と、収納方法の3点です。長さは、登りでは短め、下りでは長めに変えると力が入りやすくなります。この調整をするには伸縮式であることが前提になります。素材はアルミとカーボンが主流で、アルミは重量では不利ですが、粘りがあり扱いやすい傾向があります。
| 見る点 | 何が変わるか | 下りへの効き方 | 確認方法 |
|---|---|---|---|
| 長さの調整幅 | 登りと下りで長さを変えられるか | 長めにして先に突けるかで負担が変わる | 最短・最長の数値を仕様で見る |
| 素材 | 重量と、しなり方 | 体重を預けたときの感触 | 店頭で床に突いてたわみを見る |
| グリップ形状 | 手のひらへの当たり | 長時間握ったときの疲れ | 実際に握って親指の位置を確認 |
| 石突き・キャップ | 路面ごとの噛み方 | 舗装・木道でのすべり | 付属キャップの有無を確認 |
その一本として、シナノの「トレッキングポール FAST-125 A/S」を挙げます。アルミ製の伸縮式で、100cmから125cmの範囲で長さを変えられるモデルです。伸縮式であることは、登りで短く・下りで長くという使い分けができるという意味で、下りの負担を減らしたい方には実用上の差になります。シナノは国内のメーカーで、日本国内で相談や問い合わせができることも、長く使う道具としては安心材料です。長さを頻繁に変えながら歩きたい方、まず1組目としてクセの少ないものを選びたい方に向きます。
ポールの持ち方・突く位置・段差での使い方など、実際の運用についてはトレッキングポールの使い方と選び方で詳しく扱っています。1本で使うか2本で使うかによって効果が変わるので、購入前に一度目を通しておくとよいでしょう。
編集部の見立て:ポールは買った日にいきなり山で使うと、かえって歩きにくく感じることがあります。平地や近所の坂で30分ほど歩いて、長さと突く位置を体に馴染ませてから山に持ち込んでください。道具のせいにして使わなくなるのは、いちばんもったいないパターンです。
膝の負担とどう付き合うか:サポーターという選択肢
下りの話をすると、必ず出てくるのが膝です。登りで問題がなくても下りで違和感が出る、というのは登山ではよく聞かれる話で、累積標高が増えるほど顕著になります。ここでは、記事として書ける範囲と、書いてはいけない範囲をはっきりさせたうえで扱います。
先に線を引いておきます。膝の痛みの原因は多岐にわたり、原因によって取るべき対応がまったく違います。本記事は、膝の痛みを診断したり、治療方法を示したりするものではありません。痛みがある、腫れている、以前より曲がりにくい、といった症状があるときは、山に行く前に整形外科などの医療機関を受診してください。
そのうえで、行程側でできることを挙げます。膝への負担は、①下りの累積標高、②背負う重さ、③一歩の落差、④下る速さの4つでおおむね決まります。このうち①は山選びで、②は装備で、③④は歩き方で調整できます。つまり、この記事のここまでの内容がそのまま膝の話につながっています。
| 要因 | どこで調整するか | 具体的な手 | 効き始めるまで |
|---|---|---|---|
| 下りの累積標高 | 山選び | 段階を1つ下げる | 次の山行から |
| 背負う重さ | 装備 | 持ち物を減らす・容量を絞る | 次の山行から |
| 一歩の落差 | 歩き方 | 大きな段差を斜めに刻む | その場で |
| 下る速さ | 行程配分 | 下りの所要時間を長く見積もる | その場で |
歩き方でとくに効くのが、③の「段差を刻む」です。膝に来やすいのは、大きな一歩でどすんと降りる動作です。段差が大きいところでは、正面から降りずに斜めに向きを変えて、小さな段差に分けて降ります。時間はかかりますが、下山後の状態が変わります。ポールを先に突いておくと、この動作がずっと楽になります。
編集部の見立て:下りで脚が持たなくなる人の多くは、下りが速すぎます。登りで抑えた分を下りで取り返そうとすると、そこで一気に負担が集中します。時間の貯金は登りで作らず、行程全体を短くすることで作るほうが、体には優しいと考えています。
装備としては、膝サポーターという選択肢があります。用途としては、膝まわりを支えて安定させる方向のものです。ここで一つ、はっきりさせておきたいことがあります。サポーターは痛みを治すものではありません。痛みが出ている状態でサポーターを着けて山に入るのは、原因が分からないまま負荷をかけることになります。順序としては、受診が先です。
そのうえで、行程中の安定感を補う目的で選ぶなら、ザムストの「EK-3 膝サポーター」が候補になります。左右兼用のモデルなので、左右どちらの脚にも使えるという点で、片方だけ用意しておきたい場合にも、後から反対側に回したい場合にも扱いやすい設計です。サイズ展開があるため、膝まわりの周径に合わせて選べます。サポーターは大きすぎるとずれ、小さすぎると締めつけになるので、サイズ表を見て自分の寸法に合うものを選んでください。なお、繰り返しになりますが、膝に痛みや腫れがあるときは、まず医療機関を受診してください。
下りでの膝の負担を減らす歩き方や、行程の組み方については登山で膝が痛くなるときの対処と予防にまとめています。装備を足す前に、まず行程と歩き方で減らせる部分がないかを確認するのが順番としては先です。
単独を避ける、仲間と登る ― 遭難データに出ている差
ここまでは山と装備の話でしたが、誰と行くかも行程の安全度を左右します。この点については、警察庁の資料に具体的な数字があります。
警察庁「令和6年における山岳遭難の概況等」は、単独登山の遭難者1,311人のうち179人(13.7%)が死者・行方不明となった一方、複数での登山者では5.9%だったとしています。遭難した人の中での比較なので、単独登山そのものの危険度を直接示す数字ではありませんが、いったんトラブルが起きたあとの結果に差が出ていることは読み取れます。
編集部の見立て:この差が出る理由として想像しやすいのは、動けなくなったときに誰かが通報できるかどうかです。単独では、自分で連絡できない状態になった時点で発見が遅れます。仲間がいることの価値は「助けてもらえること」よりも「異変に気づいてもらえること」のほうが大きいのかもしれません。
神奈川県「かながわシニアスポーツハンドブック」Web版も、対象を60歳以上としたうえで、登山は単独を避け二人以上で行うことを挙げています。公的な案内としても、複数人での行動が推奨されているという位置づけです。
とはいえ、いつでも同行者が見つかるわけではありません。一人で行く場合に取れる手を並べておきます。
- 登山計画書を提出し、同行者がいない場合でも家族や職場に行程と下山予定時刻を伝えているか
- 下山連絡の時刻を決め、連絡が来なかったときに誰が何をするかまで話しているか
- 人が通る一般的なコースを選び、平日でも他の登山者が見込める時間帯に入っているか
- スマートフォンの電池を1日持たせる用意があり、圏外区間を把握しているか
- 笛など、声が出せない状態でも合図ができるものを身につけているか
同行者を見つける方法としては、自治体や公民館の登山教室、地域の山岳会、ガイド同行のツアーなどがあります。ペースが合う相手と歩けるかどうかは行程の負担に直結するので、最初は「ゆっくり歩くこと」を明示している企画を選ぶと無理がありません。
天候と暑さのリスク判断:出発前と行動中に見るもの
天候は、山選びと同じくらい行程の負担を左右します。とくに暑さについては、公的機関が具体的な注意喚起を出しているので、それに沿って判断材料を整理します。
気象庁は環境省と共同で「熱中症警戒アラート」を発表しています。その目的は、熱中症の危険性に対する「気づき」を促し、予防行動につなげることとされています。同庁は、リスクを高める気象条件として、湿度が高い場合、日射が強い場合、暑熱順化できていない場合を挙げています。
編集部の見立て:この3つのうち、登山の計画で見落とされやすいのが「暑熱順化できていない」という条件です。梅雨明け直後や、久しぶりに屋外で長時間動く日は、気温そのものより体が慣れていないことのほうが問題になります。シーズン最初の1本を軽い山にしておく理由は、体力面だけではありません。
総務省消防庁は、高齢者は暑さを感じにくく、室内でも熱中症になることがあるため注意が必要と啓発しており、喉の渇きを感じる前のこまめな水分補給を案内しています。山では汗をかいている自覚があるぶん室内より気づきやすい面もありますが、「暑さを感じにくい」という指摘は、行動中の判断にそのまま当てはまります。
喉が渇いてから飲む、という運用は、暑さを感じにくくなっている場合には遅れる可能性があります。行動中は時間で区切って飲む、休憩のたびに一口飲む、といった形で、感覚に頼らない仕組みにしておくほうが確実です。水の量は、神奈川県のハンドブックが日帰りで約1Lを挙げていますが、暑い時期や行程が長い日はこれで足りないことがあります。
出発前に見ておく項目を整理しておきます。
| タイミング | 見るもの | 判断に使うこと | 中止・変更の目安 |
|---|---|---|---|
| 前日 | 予報・熱中症警戒アラートの発表状況 | 行くかどうか、行き先を変えるか | 暑さ・荒天が見込まれるなら日を変える |
| 当日朝 | 最新の予報と現地の気温 | 行程を短くするか | 予報が悪化していれば1段階下げる |
| 登山口 | 実際の風・雲・気温 | 入るか、引き返すか | 体が重いと感じたら入らない |
| 行動中 | 汗の量・水の残り・同行者の様子 | ペースを落とすか、引き返すか | 水が半分を切ったら折り返しを検討 |
編集部の見立て:中止の判断は、山に着く前に決めておくほうが実行できます。登山口まで来てしまうと「せっかく来たのだから」が働きます。前日の時点で「この条件なら行かない」と決めておく――この一手間が、いちばん効く安全対策かもしれません。
暑い時期の代替案として、行き先を標高の高い山に変える、樹林帯中心のコースにする、行動時間を朝に寄せる、といった調整もあります。ただし、標高が高い山は行程そのものが厳しくなりがちなので、暑さを避けるために難易度を上げてしまわないよう注意してください。
持病・体調に不安があるとき:かかりつけ医に相談するという選択肢
この章は、答えを出さない章です。持病がある方、薬を服用している方、健診で指摘を受けている方が登山をしてよいかどうかは、医学的な判断が必要な領域であり、記事側で条件や可否を示すことはできません。今回の調査でも、登山に関する一般的な運動許可基準を示す公的資料は確認できませんでした。
本記事は、持病のある方が登山をしてよいかを判断するものではありません。運動の可否、強度の上限、注意すべき症状、薬の影響については、必ずかかりつけ医にご相談ください。インターネット上の情報や、同じ病名の他人の経験は、あなたの状態に当てはまるとは限りません。
そのうえで、相談を実りあるものにするための準備はできます。医師に「登山をしてもよいですか」とだけ尋ねると、情報が足りないため一般的な返答になりがちです。行こうとしている行程を具体的に示せると、話が進みやすくなります。
- 行こうとしている山の名前と、往復の歩行時間・累積標高をメモにしているか
- 登山口までの移動時間と、当日の起床・出発時刻を書き出しているか
- 途中で下山できる分岐があるか、携帯電話がつながる区間があるかを把握しているか
- 服用中の薬の一覧(お薬手帳)を持参しているか
- これまでに運動中に出た症状があれば、その内容と状況を書き出しているか
編集部の見立て:「登山をしてよいか」ではなく「この行程は自分の状態に対してどうか」と尋ねられる状態にしておくと、相談の質が変わります。この記事の山選びの章で出した4つの数字は、そのまま医師に見せられる情報でもあります。
また、体調は日によって変わります。通院や服薬の内容が変わったとき、しばらく体調を崩したあと、暑さや寒さが厳しい時期など、条件が変わったタイミングでは改めて相談するのが自然です。一度確認したから以後ずっと同じ、という前提は持たないでください。
山中で体調に異変を感じたときは、無理に行程を続けず、その場で休んで様子を見るか、来た道を戻る判断をしてください。動けない、意識がはっきりしないといった状況では、警察・消防など公的な救助の窓口へ連絡し、指示に従ってください。判断に迷う状態での自力下山は、状況を悪化させることがあります。
登山計画書と保険で備える
行き先と装備が決まったら、最後に「うまくいかなかったとき」の備えを整えます。ここは費用も手間も小さいのに、抜けやすい部分です。
警察庁「令和6年における山岳遭難の概況等」は、登山計画にあたって「気象条件・体力・技術・経験・体調等に見合う山を選び、休憩時間を確保した余裕ある日程にすること」を求めています。あわせて、同資料は「滑落等の危険箇所、トラブル時に途中下山できるエスケープルートを事前に把握すること」も挙げています。この2点は、この記事で扱ってきた山選びの物差しとそのまま重なります。
提出先と方法についても、同資料は具体例を挙げています。登山計画書・登山届は同行者・家族・職場等と共有し、登山口のポスト、インターネット、登山地図アプリを経由して都道府県警察・自治体等へ提出する例が示されています。つまり、紙をポストに入れる方法だけでなく、アプリから出す方法も想定されているということです。
編集部の見立て:計画書でいちばん効くのは、提出そのものより「下山予定時刻を誰かと共有すること」だと考えています。予定時刻を過ぎても連絡がないという事実が、捜索の開始点になります。単独で行く日ほど、この一手間の価値が上がります。
計画書の書き方や、アプリからの提出手順については登山計画書の書き方と提出方法で扱っています。初回は時間がかかりますが、一度作れば次からは日付とコースを変えるだけで使い回せます。
捜索や救助にかかる費用は、状況によって自己負担になることがあります。とくにヘリコプターによる救助では、公的機関か民間かによって扱いが異なります。費用の扱いは事案ごとに違うため、加入を検討する際は各保険の公式な補償内容と条件をご確認ください。
保険については、年に数回しか行かない段階であれば、1日単位で加入できる保険という選択肢があります。行く日だけ加入する形なので、頻度が読めないうちは無駄が出にくい方式です。補償の範囲は商品によって差があるため、捜索費用が対象かどうかを必ず確認してください。詳しくは1日単位で入れる登山保険で比較しています。
登山届の提出が条例で義務づけられている山域もあります。行き先が決まったら、その山域を管轄する都道府県警察や自治体の公式ページで、届出の要否と提出方法を確認してください。ルールは山域ごとに異なります。
出発前チェックリスト
ここまでの内容を、出発前に確認する形にまとめます。前日の夜に一度、当日の朝にもう一度通すことを想定しています。
- 行き先の歩行時間・累積標高が、いまの体力段階の範囲に収まっているか
- 途中で下山できる分岐と、その先の交通手段を地図で確認したか
- 座って休める場所の間隔を把握し、休憩の位置を行程に入れたか
- 登山道の通行止め・登山口へのアクセスを、管理者や自治体の公式ページで確認したか
- 登山計画書を提出し、下山予定時刻を家族や職場と共有したか
- 雨具・防寒具・ヘッドランプ・救急用品・行動食を入れたか
- 水の量を行程と気温に合わせて決めたか(日帰りで約1Lを出発点に、暑い日は増やす)
- ザックを背負ったとき、荷重が腰に乗っているか
- 靴のかかとが浮かず、紐が最後まで締まるか
- ポールの長さを、登り用と下り用の両方で確認したか
- スマートフォンの充電と、予備電源を用意したか
- 体調に不安があるとき、行程を1段階下げるか中止する判断を決めてあるか
編集部の見立て:チェックリストは、覚えるためではなく「考えなくていいようにする」ために使うものです。出発前は気持ちが急いていて判断が雑になります。紙かスマートフォンのメモに固定して、毎回同じ順で見るだけで、抜けはかなり減ります。
60代の登山デビュー、最初の一歩とロードマップ
最後に、ここまでの内容を時間軸に並べ直します。何から手をつければよいか迷ったら、この順で進めてください。
| 時期 | やること | 判断すること | 次に進む条件 |
|---|---|---|---|
| 1〜2週目 | 平地を続けて歩き、連続歩行時間を測る | いまの体力段階を第1〜第4のどこに置くか | 予定の山の片道分を歩けている |
| 3〜4週目 | 靴を試し履きし、ザックに荷物を入れて背負う | 容量と靴のフィットが行程に合うか | 荷物を入れた状態で1時間歩ける |
| 1〜2か月目 | 第1段階の山を1本、登頂を目的にせず歩く | 下山後の脚の状態はどうだったか | 翌日に強い張りが残っていない |
| 3か月目以降 | 同じ段階をもう1本、その後に1段階上げる | 下りの時間配分は妥当だったか | 2本続けて余裕があった |
この表で守ってほしいのは、「同じ段階を2本」という部分です。1本登れたことは、その段階をこなせる証拠としてはまだ弱いものです。天候・体調・同行者など条件が違う2本で余裕があってはじめて、次の段階に上げる判断材料になります。
編集部の見立て:60代から始める方の強みは、時間の使い方を自分で決められることです。週末に集中させる必要がないなら、平日の空いている日に、短い山を何度も歩くほうが体は作りやすくなります。回数を増やせる環境そのものが、若い世代にはない優位性です。
装備の買い足しの順番については、迷ったら「靴 → 雨具 → ザック → ポール」が無難です。靴と雨具は代替が効きにくく、ザックとポールは手持ちのもので一時的に代用できる場面があるためです。ただし、下りの負担が課題だと分かっている場合は、ポールを前に持ってくる判断もあります。
山の情報を集める段階では、コースの所要時間だけでなく、登山口までの公共交通の本数も見ておいてください。バスの最終便が早い山では、下りに余裕を持たせにくくなります。時間に追われる下りは、この記事で挙げたどの対策よりも負担が大きくなります。
よくある質問
Q. 60代から登山を始めるのは遅すぎませんか?
年齢そのものが登れるかどうかを決めるわけではありません。決まるのは「どの行程なら歩き通せるか」で、それは連続して歩ける時間や、上り下りのある道での回復具合から測れます。この記事では、その測り方と、測った結果に合わせた山の選び方を第3章に置いています。まずは第1段階の行程で自分の現在地を確認するところから始めてください。ただし、持病がある方や運動習慣のなかった方は、運動を始める前にかかりつけ医にご相談ください。
Q. 統計を見ると60代・70代の遭難が多いようですが、やはり危険なのでしょうか?
警察庁の令和7年資料では、遭難者3,623人のうち70歳代が749人(20.7%)、60歳代が693人(19.1%)と、構成比としては大きな割合を占めています。ただしこれは「遭難した人の中での割合」であり、「その年代の登山者が遭難する確率」ではありません。年代別の登山人口が分からないため、遭難率は算出できません。したがって「高齢だから危険」とは言えず、行程・装備・計画で対応できる部分に手をかける、という考え方が現実的です。
Q. 日帰りのザックは何リットルにすればよいですか?
神奈川県「かながわシニアスポーツハンドブック」Web版は、対象を60歳以上としたうえで、日帰りザックは約30L、水は約1Lを挙げています。これを出発点にして、行程が短く季節が安定していれば20L前後に絞る、防寒具がかさばる時期は30L前後にする、という使い分けが実用的です。容量が大きいほど良いわけではなく、余白があると荷物が増えて総重量が上がる点には注意してください。
Q. トレッキングポールは1本と2本、どちらがよいですか?
下りの衝撃を分散するという目的では、2本のほうが荷重を分けられます。一方、片手を空けておきたい場面や、道が狭い区間では1本のほうが扱いやすいこともあります。どちらを選ぶにしても、登りで短く・下りで長く調整できる伸縮式であることが前提になります。使い分けの詳細はポール専用の記事で扱っています。
Q. 膝が痛いのですが、サポーターを着ければ登れますか?
その判断は本記事ではできません。サポーターは膝まわりを支える道具であり、痛みの治療をするものではありません。痛みや腫れがある、以前より曲がりにくいといった症状があるときは、山に行く前に整形外科などの医療機関を受診してください。受診したうえで、行程を短くする・背負う重さを減らす・下りの時間を長く取るといった調整が、記事側で提案できる範囲です。
Q. 一人で登ってはいけませんか?
警察庁の令和6年資料では、単独登山の遭難者1,311人のうち179人(13.7%)が死者・行方不明となった一方、複数での登山者では5.9%だったとされています。神奈川県のハンドブックも、60歳以上を対象に、単独を避け二人以上での登山を挙げています。単独で行く場合は、登山計画書の提出と下山予定時刻の共有、通信手段の確保など、異変に気づいてもらう仕組みを厚くしておくのが現実的な対応です。
Q. 夏に登るとき、暑さ対策として何を見ればよいですか?
気象庁は環境省と共同で「熱中症警戒アラート」を発表しており、リスクを高める気象条件として湿度が高い場合、日射が強い場合、暑熱順化できていない場合を挙げています。前日にアラートの発表状況と予報を見て、行き先や日程を変える判断をしてください。また総務省消防庁は、高齢者は暑さを感じにくいとして、喉の渇きを感じる前のこまめな水分補給を案内しています。行動中は感覚ではなく時間で区切って水を飲む運用にしておくと確実です。
Q. 登山計画書は本当に必要ですか?
警察庁の令和6年資料は、登山計画書・登山届を同行者・家族・職場等と共有し、登山口ポスト、インターネット、登山地図アプリ経由で都道府県警察・自治体等へ提出する例を挙げています。山域によっては条例で提出が義務づけられている場合もあります。提出そのものに加えて、下山予定時刻を誰かと共有しておくことが、異変を早く察知してもらううえで重要になります。
まとめ:年齢ではなく「落ち方」に合わせる
60代からの登山で決めるべきことは、結局のところ「いまの自分に合う行程はどれか」の一点に集約されます。年齢で線を引くと、体力が上がった月も下がった月も同じ扱いになってしまい、調整がききません。距離・累積標高・休憩点・エスケープルートという4つの数字で山を見るようにしておけば、体力の変化に合わせて行き先を上下させることができます。
装備は、体力を増やさずに負担を減らせる領域です。背負う重さ、着地の衝撃、下りの膝への負担は、ザック・靴・ポール・歩き方でかなりの部分を調整できます。一方、持病や体調の判断は、記事や道具では代われません。そこはかかりつけ医に相談する、という線を最後まで守ってください。
この記事の要点:山は年齢ではなく行程で選ぶ。行程は距離・累積標高・休憩点・エスケープルートの4つで比べる。段階は1つずつ上げ、下げるためにも使う。装備で減らせるのは重さと衝撃、減らせないのは体調の判断。
- いまの連続歩行時間を測り、第1〜第4のどの段階かを仮置きする
- その段階に収まる山を、距離・累積標高・休憩点・エスケープルートで2〜3本選び、通行の可否を公式ページで確認する
- 登山計画書を提出して下山予定時刻を共有し、1本目は登頂を目的にせず歩いて現在地を確かめる
編集部の見立て:この記事でいちばん伝えたかったのは、「登れる/登れない」の二択をやめて、段階という連続した目盛りに置き換えることです。目盛りがあれば、下げることが敗北ではなくなります。長く続けている方ほど、この上げ下げが上手だという印象があります。
参考にした資料
- 警察庁「令和7年における山岳遭難の概況等」 https://www.npa.go.jp/publications/statistics/safetylife/r07_sangakusounan_gaikyou.pdf (2026年8月20日時点)
- 警察庁「令和6年における山岳遭難の概況等」 https://www.npa.go.jp/news/release/2025/r06_sangakusounan_gaikyou.pdf (2026年8月20日時点)
- 厚生労働省「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」高齢者版 https://kennet.mhlw.go.jp/information/information/exercise/s-00-004.html (2026年8月20日時点)
- 気象庁「熱中症から身を守るために」 https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/kurashi/netsu.html (2026年8月20日時点)
- 総務省消防庁「熱中症を予防しよう」 https://www.fdma.go.jp/disaster/heatstroke/post3.html?newwindow=true (2026年8月20日時点)
- 神奈川県「かながわシニアスポーツハンドブック」Web版 https://www.pref.kanagawa.jp/docs/ui6/6/senior-handobook/top.html (2026年8月20日時点)
