秋の登山で遭難が増えると言われる理由|警察庁統計の態様別実数と、日没から逆算する引き返し時刻

本ページはプロモーションを含みます。記事内で紹介する装備の一部にはアフィリエイトリンクを使用しています。統計・制度の数値は公的資料の公表値をそのまま引用し、編集部の計算による部分はその旨を明記しています。

秋の登山道は落ち葉で埋まる。夏の間は見えていた踏み跡が茶色い層の下に隠れ、赤や黄のテープを探しながら歩く時間が増える。そのうえ日の入りは週を追うごとに早まり、同じ時刻に同じ場所を歩いていても、9月と11月では見える景色の明るさがまるで違う。

この記事の答えを先に置きます。秋の山で効いてくる対策のひとつが、「何時に引き返すか」を家で決めておくことです。警察庁が公表した令和7年(2025年)の山岳遭難で最も多かった態様は道迷い1,119人。全遭難者3,623人の30.9%を占め、転倒・滑落といった「事故」よりも先に来ています。道迷いは、暗くなる前に引き返していれば起きなかった、あるいは軽く済んだ可能性のある態様です。

もうひとつ、先に正直に書いておきたいことがあります。「秋は遭難が多い」という全国の月別実数を、編集部は公表資料から見つけられませんでした。警察庁の概況PDFにも公式CSVにも月別の列がなく、夏期版はあっても秋季版の同種資料は確認できていません。ですからこの記事では「秋は全国で◯件」とは書きません。代わりに、年間の確定数値・地域の秋季実数・国立天文台の日の入り時刻という、確認できたものだけで秋の山を組み立てます。

この記事でわかること

  • 令和7年の山岳遭難が、態様別・年齢層別・都道府県別にどんな内訳だったか(警察庁の公表値)
  • 「秋は全国で何件」が公表資料から確認できない理由と、代わりに使える地域の実数
  • 日の入り時刻から引き返し時刻を逆算する手順(編集部の目安つき早見表)
  • 秋(9〜11月)に登山届の義務が実際に生きる県と、そうでない県の違い

編集部の見立てです。秋の遭難記事は「注意しましょう」で終わるものが多いのですが、読者が本当に決めたいのは「今度の日曜、何時に引き返せばいいのか」の一点だと考えました。統計はそこへ降ろすための材料として使います。

令和7年の山岳遭難は3,122件・3,623人——まず全国の実数を押さえる

山岳遭難とは、登山やハイキングなどで山中において行動不能・所在不明となり、警察や消防などの救助を要した事案を指します。警察庁は毎年その概況を公表しており、2026年6月18日に公開された「令和7年における山岳遭難の概況等」が最新版です(2026年8月19日時点)。

まず年間の総量を見ます。令和7年の発生件数は3,122件、遭難者数は3,623人。前年の令和6年は2,946件・3,357人でしたから、件数で176件、人数で266人の増加です。死者・行方不明者は332人で、内訳は死者299人と行方不明者33人。前年の300人(死者265人・行方不明者35人)から32人増えました。

項目 令和6年 令和7年 増減(編集部計算)
発生件数 2,946件 3,122件 +176件(+6.0%)
遭難者数 3,357人 3,623人 +266人(+7.9%)
死者・行方不明者 300人 332人 +32人(+10.7%)
負傷者 1,480人 +90人
無事救助 1,811人 +144人

数字を並べただけでは、何が起きているのかは見えてきません。増減の「率」に注目すると、この表はひとつの傾向を語ります。件数の伸びが6.0%、遭難者数が7.9%であるのに対し、死者・行方不明者は10.7%。つまり死者・行方不明者の人数の伸びが、発生件数の伸びを上回っている(ただしこの2つの増加率の比較だけで、重症化の割合が増えたとまでは言えません)ということです。この増加率は公表値の差から編集部が計算したもので、警察庁が「重症化している」と分析しているわけではありません。あくまで数字の読み方として提示します。

「発生件数」と「遭難者数」の差が意味するもの
令和7年は3,122件に対して遭難者が3,623人。件数より人数が多いのは、1件で複数人が同時に遭難したケースがあるためです。パーティ全体が道に迷えば、それは1件・複数人としてカウントされます。

全国の月別遭難件数は公表資料から確認できない——だから「秋は◯件」とは書かない

月別統計とは、1月から12月までの各月にどれだけ遭難が発生したかを示す集計です。秋の遭難を扱う記事なら本来これが主役になるはずですが、編集部は使えませんでした。理由を具体的に書きます。

編集部が確認した範囲

  • 警察庁「令和7年における山岳遭難の概況等」(PDF全14ページ)に月別の表は掲載されていない
  • 同庁が公開している統計CSVも直接取得して中身を確認したが、平成28年から令和7年までの年別推移表のみで、月別の列は存在しない
  • 夏期の山岳遭難をまとめた別紙資料は公開されているが、同じ形式の「秋季」版は検索で見つけられなかった

(いずれも2026年8月19日時点。今後、別形式で公表される可能性は否定できません)

ここで「他サイトが書いているから」と月別の数字を借りてくることもできますが、この記事ではしません。出所をたどれない数字を根拠に「秋は危ない」と言われても、読者の行動は変わらないからです。確認できたことと、できなかったことを分けて書く。それがこの記事の立ち位置です。

では秋の実態はまったく見えないのか、というとそうでもありません。都道府県のレベルでは、秋の期間を区切った実数を公表している警察本部があります。富山県警の「秋山情報2025」(2025年10月22日更新)によると、2024年9月から11月に富山県内で発生した山岳遭難は32件。うち転倒9件、疲労8件、道迷い5件でした。同じ年の富山県内の通期は127件です。

県内の通期127件に対して秋の3か月が32件——比率にすると約25.2%です(編集部による計算。富山県内・2024年の数値であり、全国や他年に当てはめられるものではありません)。ここで注意したいのは、9〜11月は暦の日数でも1年の約25.2%にあたるということ。つまりこの数字は「秋に集中している」ことの証拠にはなりません。言えるのは「秋の3か月が、年間の中でとくに軽い時期でもない」ということまでです。

編集部の見立てです。統計が無いことは「危険が無いこと」を意味しません。逆に、統計が無いからこそ、次の章から出てくる態様別・日の入り時刻といった「季節を問わず効く数字」で判断したほうが確実だと考えています。

遭難の原因で最も多いのは道迷い——態様別の実数が対策の優先順位を決める

態様別とは、遭難が「どういう形で」起きたかによる分類です。令和7年の遭難者3,623人の内訳を、警察庁の公表値でそのまま示します。

態様 人数 構成比 対策の方向
道迷い 1,119人 30.9% 地図の携行と現在地確認、早い引き返し
転倒 694人 19.2% 足元の視界確保、明るいうちの下山
滑落 626人 17.3% 危険箇所の通過を暗くなる前に済ませる
疲労 356人 9.8% 行動時間の上限を先に決める
病気 294人 8.1% 体調不良時の中止判断
その他 534人 14.7%

※構成比は警察庁公表値。「対策の方向」の欄は編集部が本記事の趣旨に沿って付記したもので、公的機関の分類ではありません。

秋の山岳遭難の態様別内訳。道迷い1,119人、転倒694人、滑落626人、疲労356人、病気294人(警察庁 令和7年)

上位3つ、道迷い・転倒・滑落を合わせると2,439人。全体のおよそ3分の2がこの3態様で占められています(人数の合算は編集部の計算)。注目したいのは、その3つがすべて「暗い」「見えない」と相性が悪いという点です。道迷いは踏み跡が見えなくなると急に難易度が上がる。転倒は足元の凹凸が見えなければ避けられない。滑落も同様です。

秋という季節が直接これらを増やすのかどうか、月別データが無い以上、断定はできません。ただし「暗い時間帯に山にいる確率」は、日の入りが早まる分だけ確実に上がります。ここが秋の山の本質的な変化で、後半の章で時刻の計算に落とし込みます。

もうひとつ、誰がどんな目的で山に入って遭難しているかも見ておきます。目的別では、登山(ハイキング・スキー登山・沢登り・岩登りを含む)が2,866人で79.1%、山菜・茸採りが235人で6.5%、その他が522人で14.4%。登山の内訳をさらに分けると、登山2,488人、ハイキング209人、スキー登山86人、沢登り45人、岩登り38人となっています。

ハイキング209人という数字は、「本格的な山でなければ大丈夫」という感覚を静かに否定します。装備も計画も軽くなりがちな山行ほど、引き返し時刻を決めておく価値があるという読み方ができます。山行全体の組み立て方は登山計画の立て方を最初から解説した記事にまとめています。

遭難者の4分の3は40歳以上——年齢層別の内訳を自分に当てはめる

年齢層別とは、遭難者を10歳区切りで集計した分類です。令和7年の内訳は次のとおりで、合計は3,623人と一致します(構成比の合計は丸め処理により99.9%になります)。

年齢層 人数 構成比
20歳未満 164人 4.5%
20〜29歳 429人 11.8%
30〜39歳 283人 7.8%
40〜49歳 388人 10.7%
50〜59歳 628人 17.3%
60〜69歳 693人 19.1%
70〜79歳 749人 20.7%
80〜89歳 271人 7.5%
90歳以上 10人 0.3%
不明 8人 0.2%

まとめると、40歳以上が2,739人で75.6%、60歳以上が1,723人で47.6%。単独の年齢層で最も多いのは70〜79歳の749人です。

この数字をどう受け取るかは、少し慎重になったほうがいいところです。登山人口そのものが中高年に厚いのであれば、遭難者に占める割合が高いのは自然な結果とも言えます。年齢層別の登山人口は本記事の調査範囲では確認できていないため、「高齢だから遭難しやすい」と因果で読むことはしません。ここで言えるのは、救助を必要とした人の4人に3人が40歳以上だった、という事実だけです。

編集部の見立てです。年齢そのものより、「昔と同じコースタイムで歩ける前提を疑わないこと」のほうが実務的だと考えます。行動が遅れれば、そのぶん暗い時間帯に食い込みます。時刻の設計に効いてくるのは年齢ではなく、その日の自分のペースです。

発生件数が多いのは長野・北海道・山梨——都道府県別トップ10

都道府県別発生件数とは、遭難が発生した場所の都道府県ごとの件数です。令和7年の上位10は次のとおりでした。

順位 都道府県 発生件数
1 長野県 358件
2 北海道 199件
3 山梨県 192件
4 神奈川県 175件
5 富山県 165件
6 東京都 151件
7 群馬県 139件
8 兵庫県 126件
9 岐阜県 123件
10 静岡県 107件

目を引くのは、神奈川175件・東京151件・兵庫126件という顔ぶれです。北アルプスや日高のような山岳県に混じって、都市部を抱える都県が上位に入っています。都市近郊にも登山者が入る山域があることのあらわれと読めますが、件数だけでは登山者数あたりの危険度までは分かりません。遭難は標高でも秘境度でもなく、人が多く入る場所で数として起きるということが、この並びから読み取れます。

「自分が行くのは低山だから」という理由で計画を省略する根拠は、この表からは出てきません。むしろ通いやすい山ほど、装備が軽く、下調べも短くなりがちです。

秋に条件が変わるのは日の入り——9月から11月で1時間12分早まる

日の入りとは、太陽の上辺が地平線に一致する時刻のことです。国立天文台の「暦要項」(2025年2月3日公開)に掲載された2026年の東京の値を、日付を区切って並べます。計算地点は東京(緯度35.6581度、経度139.7414度、標高0メートル、UT+9)です。

日付 東京の日の入り 1時間前 2時間前
2026年9月18日 17時45分 16時45分 15時45分
2026年10月18日 17時02分 16時02分 15時02分
2026年11月17日 16時33分 15時33分 14時33分

※日の入り時刻は国立天文台の公表値。「1時間前」「2時間前」の列は編集部が引き算したものです。

9月18日の17時45分から、11月17日の16時33分まで。その差は1時間12分です(編集部の計算)。感覚に置き換えると、秋が深まるにつれて、行動できる時間が2か月で「山頂での大休止1回ぶん」まるごと消えるということになります。同じコース、同じ出発時刻で歩いていても、11月は9月より1時間以上早く暗くなる。ここが秋の山でいちばん大きく変わる条件です。

この時刻をそのまま山に当てはめないでください
上の値は東京・標高0メートルの参考値です。山域や標高が違えば実際の時刻は異なりますし、それ以上に大きいのが地形の影響です。新潟県は「特に樹林帯の中は暗くなるのが早いため、日没時刻を考慮して余裕のある行動を心掛けましょう」と呼びかけています。つまり暦の上の日の入りより前に、足元は見えなくなると考えるべきです。

その日の空模様も無視できません。曇天や雨天では、晴れた日と同じ時刻でも樹林帯の暗さはまるで違います。出発前の確認手順は山の天気予報の見方をまとめた記事で扱っています。

引き返し時刻を自分で計算する——編集部の目安と早見表

引き返し時刻とは、山頂に着いていようがいまいが、その時刻になったら来た道を戻ると決めておく時刻のことです。ここからは公的基準ではなく編集部の設計になります。先に断っておきますが、「日没の何分前に引き返す」という分単位の公式基準は、警察庁にも各県警にも存在しません。公的資料はいずれも「余裕をもって」「日没前に下山する」という定性的な表現にとどまります。以下は、その定性的な指示を自分の山行に落とすための編集部の型です。

行動終了の目標時刻=その日の日の入り −(樹林帯の暗さ分 + 予定外の余裕分)

引き返し時刻=行動終了の目標時刻 − 下りにかかる見込み時間

編集部は、カッコの中を合計1〜2時間で見ることを目安として提案します。樹林帯が濃い山・谷筋を下る山・単独行では長いほう(2時間)を、開けた尾根の短いコースでは短いほう(1時間)を採ります。これは公的機関の基準ではなく、本記事独自の目安です。

登山で引き返し時刻を過ぎたかどうかで行動を分ける判定図。過ぎていれば山頂に着いていなくても引き返す

式だけでは動けないので、先ほどの日の入り時刻に当てはめて具体例を作ります。10月18日、東京近郊の山を歩き、下りに2時間かかると見込む場合。日の入りは17時02分。樹林帯と余裕をあわせて2時間を引くと、行動終了の目標は15時02分。そこから下りの2時間を引いて、引き返し時刻は13時02分になります。切り上げて13時と紙に書く、というのがこの計算の着地点です。

「13時? 早すぎないか」と感じたなら、その感覚こそが秋の落とし穴だと考えています。9月の同じコースなら日の入りが17時45分ですから、同じ計算でも引き返しは13時45分。43分の差は、山では休憩1回ぶんに相当します。日没から逆算する考え方そのものは日没時刻から下山時刻を組み立てる記事で、コース別にもう少し細かく扱っています。

出発前に紙へ書き出す4項目(書き込み欄)

  • その日・その山域の日の入り時刻 → __時__分
  • 樹林帯と余裕の見込み(1〜2時間) → __時間
  • 下りにかかる見込み時間 → __時間__分
  • 引き返し時刻(上の3つから計算) → __時__分

スマートフォンのメモではなく紙に書き、同行者にも見せておくことをおすすめします。判断が鈍るのは、たいてい「あと少しで山頂」という場面です。

編集部の見立てです。この式のいちばんの価値は、時刻が「自分の決断」ではなく「出発前に決まっていた事実」に変わることだと思っています。山頂を目前にした本人が理性的な判断を下せる前提は、置かないほうが安全です。

登山届は要るのか——秋の期間に義務が生きるのは岐阜・群馬・静岡(9月10日まで)

登山届(登山計画書)とは、行き先・ルート・日程・メンバー・装備などを事前に届け出る書面です。条例で届出を義務づけている都県は、長野県がまとめた比較資料によると富山・群馬・岐阜・新潟・長野・石川・山梨・静岡の8都県。ただしいずれも「県内の山すべて」ではなく、区域や期間を限定した義務である点が重要です。

都県 対象 期間 秋(9〜11月)の扱い
岐阜県 北アルプス地区の一部危険区域/活火山地区(御嶽山・焼岳・白山・乗鞍岳の火口域周辺等) 北アルプス地区は4月16日〜11月30日 義務が生きる
群馬県 谷川岳危険地区(マチガ沢・一ノ倉沢・幽ノ沢・南面の岩場) 毎年3月1日〜11月30日 義務が生きる
新潟県 新潟焼山の火山地区(山頂から半径2km以内) 通年(2015年6月1日施行) 通年で義務
石川県 白山の火山地区(火口域から4km以内) 通年 通年で義務
長野県 指定登山道の通行時(指定山岳168、指定登山口121) 長野県登山安全条例による(2015年12月17日公布・2016年7月1日施行) 指定登山道なら対象
山梨県 富士山標高3,000m以上・指定南アルプス/八ヶ岳等 義務は12月1日〜3月31日 原則、努力義務側
富山県 剱岳周辺の危険地域(登山20日前までに届出) 積雪期12月1日〜翌5月15日 通常登山には非適用
静岡県 富士山の富士宮口・御殿場口・須走口(入山届・入山証の制度) 開山期間は例年7月上旬〜9月10日 9月11日以降は開山期外

※各県公式ページおよび長野県の比較資料にもとづく(2026年8月19日時点)。区域・期間は改正されることがあるため、出発前に必ず該当県の公式ページで最新の内容を確認してください。

表が長くなったので、判断だけ抜き出します。秋のシーズン中に「出さなければ条例違反になりうる」のは、岐阜の北アルプス地区の一部と、群馬の谷川岳危険地区、そして通年義務の火山地区(新潟焼山・白山)です。岐阜県の条例では、未届や虚偽の届出に5万円以下の過料が定められています。山梨・富山・静岡については、秋は原則として義務の対象外か努力義務側になります。

登山届が要るかどうかの3問チェック

  • 行き先は火山の火口域周辺か? → はい なら通年で義務の可能性(新潟焼山は山頂から2km以内、白山は火口域から4km以内)
  • 行き先は岐阜の北アルプス地区、または群馬の谷川岳の岩場か? → はい なら11月30日まで義務の期間内
  • 行き先は長野県の指定登山道か? → はい なら長野県登山安全条例の対象

3つとも「いいえ」でも、出さない理由にはなりません。義務の有無と、捜索してもらえるかどうかは別の話です。

条例上の義務がない山でも、届出は「どこを探せばいいか」を残す手段です。単独で入る場合はなおさら重みが増します。ひとりで山に入るときのリスクの考え方は単独登山のリスクと備えを整理した記事にまとめました。

道に迷ったかもしれない——警察庁が示す行動は「戻る」

道迷いとは、自分の現在地とルートの対応がつかなくなった状態を指します。令和7年の最多態様であり、1,119人がこの形で救助を要しました。警察庁は概況資料の中で、道迷いへの行動を明確に示しています。

「道に迷ったかも。」と思ったら、闇雲に進むことなく、今歩いて来た道(トレース)を辿り、正規の登山道まで引き返すなど、状況を的確に判断するとともに、早めに登山を中止するよう努める。(警察庁「令和7年における山岳遭難の概況等」より)

短い一文ですが、内容は具体的です。順に分解します。

  1. その場でいったん止まる。「たぶんこっち」で進んだ距離は、そのまま戻る距離になります
  2. 来た道を戻る。下るのではなく、確実に自分が通った地点まで引き返す。沢筋へ下る判断は避けます
  3. 戻れたら、その日の登山を中止する。迷った時点で予定の時刻はすでに崩れています

「戻る」を実行できるかどうかは、迷ってからの判断力ではなく、それまでに現在地を何回確認していたかで決まります。分岐で立ち止まって地形を見る習慣があれば、戻る先は明確です。電池切れや電波の影響を受けない紙地図とコンパスの使い方の記事と、登山道でよく見かけるピンクテープが何を示しているのかを解説した記事を、この章とあわせて読んでおくと現在地確認の精度が上がります。

秋の道迷いでやってはいけない3つ

  • 沢や谷を下る。下れば人里に着くという発想は山では通用しません。滝や崖に行き当たり、戻ることも進むこともできなくなります
  • 暗くなってから先へ進む。踏み跡が見えない状態での前進は、迷いを深める方向にしか働きません
  • 「もう少し先に分岐があるはず」と仮説で歩き続ける。確認できない仮説の上に距離を積み上げると、戻る体力がなくなります

これは自分で対処しない方がいいケース——迷わず110番か119番へ

自力下山とは、救助を求めずに自分たちの力で登山口まで戻ることです。可能なら望ましい選択ですが、それを選んではいけない場面があります。編集部として線引きを示しますが、救助を要請するかどうか、医療的な処置が必要かどうかの最終判断は、警察・消防・医療機関に委ねてください。本記事は医療や救助の判断を代替するものではありません。

ひとつでも当てはまるなら、自力での解決を試みず通報を検討する

  • 同行者または自分が歩けない、または歩行が明らかに不安定
  • 頭部を打った、意識がはっきりしない、受け答えがかみ合わない
  • 体が震えて止まらない、寒さで手指がうまく動かない
  • すでに日没を過ぎ、照明があっても現在地がわからない
  • 戻ろうとしたが、来た道を見つけられない

通報をためらう理由として「大げさかもしれない」という感情がよく挙がります。しかし警察庁の令和7年の統計では、無事救出者は1,811人。救助につながった人がこれだけいるという事実のほうを、判断の材料にしてほしいと考えています。

なお、下山してから頭痛や体調不良が出た場合も、山の中での出来事と無関係とは限りません。原因の切り分けは登山後の頭痛について整理した記事を参考にしつつ、症状が続くようなら医療機関を受診してください。

秋特有の注意点——きのこ採り・落ち葉・初冠雪

秋特有の要因とは、他の季節にはあまり見られない、この時期だけの遭難のきっかけを指します。ここで扱う数値は出典の公開日が確認できないものを含むため、参考情報として位置づけます。

きのこ採り・山菜採り。令和7年の目的別で「山菜・茸採り」は235人、全体の6.5%です。これは通年の数字であり、秋だけの内訳ではありません。地域の例としては、山梨県警が令和7年の秋(9〜11月)に県内で発生したきのこ採りの遭難を5件、うち死亡2件と示しています(同ページの更新日は2026年8月13日。データの対象期間は令和7年の秋山期間です)。

きのこ採りでは、登山道から外れて行動するケースがある点です。目当てのものを探して道から外れ、下を向いたまま移動するため、気づいたときに戻る方向がわからなくなる。登山者向けの「道迷い対策」がそのままでは当てはまらない類型だと言えます。

落ち葉。秋の登山道は落ち葉に覆われ、踏み跡や段差、石の位置が見えにくくなります。令和7年の転倒は694人、滑落は626人。この2つが季節によってどう変動するかを示す全国データは確認できていないため、落ち葉が件数を押し上げていると断定はしません。ただし足元の情報量が減ることは、転倒や滑落の対策と直接ぶつかります。

初冠雪。標高の高い山では、秋の後半に雪が降ることがあります。夏山装備のまま入って冷え込みに遭う構図は想像がつくところですが、これについても全国的な統計は本記事の調査範囲で確認できませんでした。行き先の標高が高いなら、当日の気温と降水の予報を出発前に見ておくのが現実的な対応です。

編集部の見立てです。この章は「数字で語れないこと」を集めた場所になりました。統計が無いから書かない、という選択肢もありましたが、現場で起きている構図そのものは、出典を明示すれば読者の役に立つと判断しています。

秋の山に持っていく2つ——光と音

秋の装備の要点は、行動時間の短さを補うものと、動けなくなったときに自分の位置を知らせるものです。前者が照明、後者が笛。どちらも軽く、使う場面が来ないことのほうが多いのに、来たときの代替がききません。

ヘッドランプ:Black Diamond アストロ300

ヘッドランプとは、頭に装着して両手を空けたまま前方を照らす照明です。日の入りが16時33分(11月中旬・東京の値)まで早まる季節に、「明るいうちに下りるつもりだった」という計画だけで山に入るのは薄い備えになります。

編集部が入門の一本として挙げるのはBlack Diamond アストロ300です。型番にある「300」はメーカーが製品名として掲げている公称ルーメン値で、登山道を歩いて下るのに必要な明るさの目安として通りのよい水準です。手に持たずに済むぶん、ストックや木の枝を掴む手が自由になるのも、暗い樹林帯を下るときには効いてきます。

なお本製品の公称重量については、国内公式サイトの表記と海外メーカー公式の表記が一致せず、電池込みか本体のみかの条件を確認できていません。したがって重量の数値は本記事には記載しません。購入前に確認したい方は、メーカー公式の製品ページで最新の仕様をご覧ください(2026年8月19日時点)。

照明は「持っている」だけでは足りず、電池の残量と点灯確認が同じくらい大事です。出発前に一度点けてみる、予備電池を防水袋に入れておく。この2つは費用がかからないわりに、暗くなってからの安心の差が大きいところです。機種ごとの違いや選ぶ基準は登山用ヘッドライトの選び方をまとめた記事で比較しています。

笛:モンベル エマージェンシーコール(品番#1124247)

笛(ホイッスル)とは、声よりも小さい力で遠くまで届く音を出し、自分の居場所を知らせるための道具です。動けなくなったとき、あるいは同行者とはぐれたときに使います。声は数分で枯れますが、笛なら弱った状態でも鳴らせるという点が、この道具の存在理由です。

編集部が挙げるのはモンベルのエマージェンシーコール(品番#1124247)。モンベル公式は扁平なデザインで常時携帯しやすいとしています。音量や重量といったメーカー公表の数値については、本記事の調査で一次情報を確認できていないため記載しません。仕様はモンベル公式の製品ページでご確認ください(2026年8月19日時点)。


笛は「持っている場所」で価値が決まります。ザックの中に入れたままだと、ザックを下ろせない体勢では使えません。ショルダーハーネスなど、座ったままでも手が届く位置に固定しておいてください。

よくある質問

Q. 秋は本当に他の季節より遭難が多いのですか?

A. 全国の月別統計が公表資料から確認できないため、この記事では「多い」と断定していません。確認できているのは、令和7年の年間で3,122件・3,623人が発生したこと、富山県内では2024年9〜11月に32件(同年通期127件)が発生していること——ただしこれは3か月ぶんの暦日数に見合った比率で、季節による偏りを示す数字ではありません——そして日の入りが9月中旬から11月中旬にかけて1時間12分早まることです。行動できる時間が確実に短くなる点は、季節による事実として扱えます。

Q. 引き返し時刻は日没の何分前が正解ですか?

A. 分単位の公式基準は、警察庁にも各県警にも存在しません。本記事では編集部の目安として、樹林帯の暗さと予定外の余裕をあわせて1〜2時間を見込み、そこからさらに下りの所要時間を引く方法を提案しています。あくまで自分のコースと体力に合わせて調整してください。

Q. 日帰りの低山でも登山届は必要ですか?

A. 条例上の義務があるのは区域と期間を限定した範囲です。秋の期間に義務が生きるのは、岐阜の北アルプス地区の一部(4月16日〜11月30日)と群馬の谷川岳危険地区(3月1日〜11月30日)、通年義務の火山地区(新潟焼山・白山)などに限られます。ただし令和7年の都道府県別では神奈川175件・東京151件と、都市近郊の山域でも相当数が発生しています。義務がなくても、行き先と帰宅予定を家族に残しておく価値はあります(2026年8月19日時点)。

Q. 道に迷ったら、下ったほうが早く人里に着きませんか?

A. 警察庁が示している行動は、闇雲に進まず、今歩いて来た道をたどって正規の登山道まで引き返し、早めに登山を中止するよう努める、というものです。沢や谷を下る選択は、滝や崖で行き詰まると進むことも戻ることもできなくなります。戻ることを前提に、迷う前から現在地を確認する回数を増やしておくのが実務的な備えです。

Q. 一人で登るときに、特に変えるべきことはありますか?

A. 引き返し時刻の計算で、樹林帯と余裕の見込みを長いほう(2時間)で取ることをおすすめします。動けなくなったときに気づいてもらえる相手が山中にいないぶん、行き先の共有と照明・笛の携行の重みが増します。

まとめ:秋の遭難対策は、出発前の10分で決まる

令和7年の山岳遭難は3,122件・3,623人。最も多い態様は道迷いで1,119人、30.9%を占めました。遭難者の75.6%は40歳以上で、発生件数の上位には長野・北海道・山梨に混じって神奈川・東京・兵庫といった都市近郊の都県が並びます。そして全国の月別実数は、公表資料からは確認できませんでした。

その代わりに動かせない事実がひとつあります。東京の日の入りは9月18日の17時45分から11月17日の16時33分へ、1時間12分早まる。行動できる時間が短くなる季節に、時刻の設計をしないまま入ることが、いちばん割に合わない選択です。

  1. 行き先の日の入り時刻を調べ、そこから1〜2時間引いて「行動終了の目標」を出す(編集部の目安)
  2. 下りの見込み時間をさらに引いて、引き返し時刻を紙に書く。同行者にも見せる
  3. 行き先の県の公式ページで登山届の要否を確認し、義務がなくても行程を家族に残す

今日やることを1つだけ選ぶなら、次の山行の引き返し時刻を計算して紙に書くことです。所要時間は10分もかかりません。山頂を前にした自分に判断を任せない、というのがこの記事のいちばんの結論です。

編集部からひとこと。統計は「他人に起きたこと」の集計ですが、時刻の計算は「自分がこれからやること」です。数字を読んだあとに紙とペンを出せた人だけが、この記事を最後まで使い切ったことになります。

参考・出典

  • 警察庁「令和7年における山岳遭難の概況等」(2026年6月18日公開/2026年8月19日確認)
    https://www.npa.go.jp/publications/statistics/safetylife/r07_sangakusounan_gaikyou.pdf
  • 警察庁「山岳遭難・水難」統計ページ(2026年8月19日確認)
    https://www.npa.go.jp/publications/statistics/safetylife/sounan.html
  • 国立天文台「暦要項」2026年(2025年2月3日公開/2026年8月19日確認)
    https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/yoko/2026/rekiyou264.html
  • 長野県「登山計画書の届出制度に関する比較資料」(2026年8月19日閲覧)
    https://www.pref.nagano.lg.jp/kankoki/sangakusounan/documents/03_kentou1_file2.pdf
  • 長野県「長野県登山安全条例・登山計画書制度」(2026年7月21日更新/2026年8月19日確認)
    https://www.pref.nagano.lg.jp/kankoki/tozanjorei/tozanjorei.html
  • 岐阜県「北アルプス地区及び活火山地区における登山届」(2026年8月19日確認)
    https://www.pref.gifu.lg.jp/page/11975.html
  • 群馬県「谷川岳の登山届」(2026年8月18日更新/2026年8月19日確認)
    https://www.pref.gunma.jp/page/1584.html
  • 山梨県「登山計画書・山岳遭難情報」(2026年8月19日確認)
    https://www.pref.yamanashi.jp/kankou-sgn/tozan_sangakujouhou.html
  • 新潟県「新潟焼山の登山届」(2024年7月12日更新/2026年8月19日確認)
    https://www.pref.niigata.lg.jp/sec/bosaikikaku/yakeyama.html
  • 石川県「白山の登山届」(2026年8月19日確認)
    https://www.pref.ishikawa.lg.jp/bousai/bousai_g/hakusan_kazan/jorei.html
  • 富山県「剱岳周辺の積雪期登山届」(2024年11月19日更新/2026年8月19日確認)
    https://www.pref.toyama.jp/1709/turugidaketozan_winter.html
  • 静岡県「富士山の入山届・入山証」(2026年6月30日更新/2026年8月19日確認)
    https://www.pref.shizuoka.jp/kankosports/kanko/mtfuji/1002809/1072062.html
  • 富山県警「秋山情報2025」(2025年10月22日更新/2026年8月19日確認)
    https://police.pref.toyama.jp/6135/anzen/sangakujouhou/akiyama2025.html
  • 山梨県警「山岳遭難発生状況」(公開・更新日の表示なし/2026年8月19日確認)
    https://www.pref.yamanashi.jp/police/p_tiiki/sangaku/sounankensu.html
  • 新潟県「秋山登山の遭難事故にご注意ください」(2026年8月19日確認)
    https://www.pref.niigata.lg.jp/sec/kenminsports/1336338066579.html
  • 埼玉県警「山岳救助隊ニュース(秋の山岳遭難防止7か条)」(2026年8月19日確認)
    https://www.police.pref.saitama.lg.jp/documents/2267/sankyuutainews.pdf
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